成果を全否定する学歴至上主義の課長のパワハラ

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髭爺さん(59歳 男性 兵庫県)から投稿いただいた「お悩み解決体験談」です。

ある電機メーカーで開発設計の仕事に生き生きと励んでいた、技術者の髭爺さん。

しかし35歳頃、他事業部からやってきた新しい直属の課長によって、その平穏な会社員生活は一変してしまいます。

この新上司は、一流大学出身というプライドから「二流大学出身者はこれだから困る!」と学歴で人を見下し、髭爺さんたちの所属事業部を全否定する人物でした。

次第に特定の部下へのネチネチとした個人攻撃やパワハラが始まり、いびり倒された技術者が次々と会社を辞めていく異常事態へと発展します。


私はある電機メーカーで、技術者として勤務していました。

開発設計の仕事で、仕事にはそれなりにやりがいも感じられ、多忙でしたが生き生きと仕事が出来ていました。

しかし、35歳頃に直属の課長が他の事業部から来た人に代わってから、それが転職を考えるまでに一変したのです。

学歴で人を判断する視野の狭い嫌な上司のパワハラを受ける日常

新しい上司は、国立の一流大学を出ており、自分よりも偏差値の低い大学を卒業している人を見下す傾向が強い人でした。

また、私の所属する事業部よりも、自分の居た事業部の方が成果を上げていたという自負を持っており、何かにつけて私の所属する事業部を見下した発言を繰り返したのです。

例えば、仕事の出来が悪いと一方的に決めつけては、「二流大学出身者は、これだから困る!」と言ってみたり、「こんなチンタラした仕事のやり方だから、この事業部は成果を上げられないんだ!」といった言葉を何かにつけて口にするのです。

同僚や先輩は、皆この課長にへきえきとし、陰口を叩いてはうさを晴らしていました。

そうした状況は益々強まり、部下の個人攻撃を始めたのです。

ある意味ではパワハラとも言える攻撃でした。

しかし、当時はパワハラといった言葉もなく、ましてや通報する制度などもありませんでした。

2,3名がターゲットになり、常にいびり倒される状況でした。

ターゲットにされた技術者の中には、会社を辞める者も少なくありませんでした。

そうして欠員が出来ると、自分の出身事業部等から自分が優秀だと思う技術者を引き抜き、穴埋めをしたのです。

会社を辞める技術者が増えると、人事も心配し、課長に状況を何度もヒヤリングしたようです。

しかし、その際には駄目な事業部を良くするために、この程度の大手術は当然必要だとウソぶき、人事に対しては、もっと良い大学出身の優秀な人材を採用しないからこんな状態になるのだと逆ねじを食らわしていたとのことです。

そして半年ほどして、私もその上司のターゲットとされたのです。

私は着実に成果を上げて来たと自負していました、しかし、上司はそれを全否定し、「二流大学出身者はこれで成果を上げていると考えているようだが、そもそも目標値が低すぎるのだ!」と執拗に攻めたてたのです。

ネチネチとした嫌味は何かにつけて延々と繰り返され、さすがに精神的に参りだしました。

そして転職を考えるようになりました。

精神を病むぐらいなら、給料が下がっても楽しく仕事できる職場に移るべきだろうとの想いが日増しに募っていきました。

技術課長の忠告で転職を思い留まり大嫌いな上司を我慢した結果

そんな悩みをある研修でお世話になり、親しく話すことができる別の事業部の技術課長に相談しました。

するとその課長は「そうか、彼はやはりまだ変われていないんだな」とぽつりとつぶやき、私にこう忠告しました。

「上司はいつまでも上司であることはない!上司は何年かで変わるのが常で、嫌な上司もいるだろうが、そんな上司に遭遇した際には、とにかく頭を低くして台風が過ぎるのを我慢して待つべきだ」と諭されたのです。

そして、「仮に、堪えられずに転職したとしても、転職先の職場に、同じような嫌味な体質の上司がいないと言う保証などないんだよ」と言葉を添えられました。

追い詰められて、転職を考え始めていましたが、その課長の言葉で、思い止まり、我慢して見ようと考えました。

そして、大嫌いな上司の言葉は、とにかく聞き過ごし、意に介さないように努めました。

すると、上司はいびりがいがないと感じたのか、「お前に説教してもしがいがない!」と口にする様になり、次第に私への攻撃が減り始めました。

そして、その嫌な上司が事業部に来てから3年ほどした頃、上司は下請け会社に出向という名の左遷で、私の職場から去っていきました。

私が相談した他の事業部の技術課長の言う通り、我慢して良かったと痛切に感じました。

後日談として、あの上司はもといた事業部から厄介払いで、私の所属する事業に来たことを知りました。

また、私の事業部の人事が、事態を憂慮し本社人事に状況を何度も説明したこと、そしていくつかの事業部の技術課長がそれに同調したことで、左遷が決定されたと言うことです。

組織を動かすこと、特に人事に関しては簡単ではないけれど、見る人はしっかり見ているし、重い腰であっても、熱意をもって訴える人がいれば変わるものだと言うことも学ぶことができました。

そんな体験もしつつ、あと数年で入社以来所属した事業部で定年退職を迎える年齢になりました。

現在は技術課長を任されていますが、あの嫌で嫌で仕方なかった上司を反面教師として、若手の技術者の育成にも頑張っています。


髭爺さん(59歳 男性 兵庫県)、お悩み解決体験談のご投稿ありがとうございます。

学歴や所属で人を判断し、理不尽に部下を追い詰める上司の姿には、読んでいて本当に胸が苦しくなりました。

精神的に参って転職を考えるほど追い詰められた髭爺さんですが、他事業部の課長からの「台風が過ぎるのを待つ」というアドバイスを愚直に実践されたのは、本当に忍耐のいることだったと思います。

周囲の技術課長や人事が裏でしっかりと状況を見ており、最終的に組織が動いて問題が解決した結末には、社会の厳しさと同時に救いを感じました。

嫌な上司を反面教師として若手を育てる現在の髭爺さんの姿勢からは、辛い経験を糧にされた大人の強さが伝わり、深く考えさせられる体験談でした。